イトヨの腹びれ

Genetic and developmental basis of evolutionary pelvic reduction in threespine sticklebacks
Nature. vol.428:717-723. April 15, 2004

脊椎動物における後肢の消失は、進化の過程で繰り返し起きている。例えばヘビやクジラにおいて後肢の痕跡が認められる。しかし、後肢の消失や再出現の分子機構は未だ不明である。
今回の論文では、研究グループはイトヨに着目した。イトヨには海洋性のものと淡水性のものが存在し、海洋性イトヨは立派な腹びれを持つが、淡水性イトヨの一部は腹びれが消失している。研究グループはこの2種類のイトヨを交配させ、腹びれが消失する原因遺伝子をみつけようという試みを行った結果、腹びれの消失と高い相関を示す遺伝子座をPitx1に絞り込んだ。
そしてイトヨのPitx1をクローニングしたのだが、蛋白質レベルでは海洋性と淡水性で違いはなかった。そこで発生過程におけるPitx1の発現を調べたところ、海洋性イトヨでは頭部や胸腺の他に、腹びれが生じる部位にPitx1の発現が認められたのに対し、淡水性イトヨではこの部位でのみ発現が消失してた。Pitx1の機能欠失マウスでは、後肢が大きく縮小するうえに頭骨異常も起きて、生後すぐに死んでしまう。淡水性イトヨではPitx1の機能そのものには異常が無く、Pitx1の転写制御領域に変異が生じて、腹びれにおける発現のみが消失したのだと考えられる。
このPitx1発現の変化は、実験に用いたイトヨ以外にも、遠く離れたアイスランドの淡水性イトヨでも起きていることから、Pitx1の発現調節領域の変化が様様な脊椎動物の後肢消失に大きく関わっている可能性が示唆された。


この前の「アゴの縮小と脳容積の大型化」の話と似ていますね。
発生に関わる転写因子はノックアウトすると胎生致死になることが多いのですが、なるほど局所発現調節の変異ならば、形態変化のみを引き起こすことも可能なんですね。
Pitx1機能欠失マウスの縮小した後肢が、クジラの後肢の痕跡とそっくりなのに感動しました。